2008年07月23日

日本語日記5

平成20年7月20日 日曜日 風

さっき「心」の前編(先生と私)を読んでしまった。

その中に、これは私の心を打った。

「私は人間をはかないものに感じた。人間のどうすることもできない、もって生まれた軽薄を、はかないものに感じた。」

その言葉は一種の圧迫力がある。少し…少しVitas(ヴィタス)の歌との同じ感じですよね。寂しくて、でもなにもしようがない。ただこの寂しさを認識して、我慢している。それ以外、何もできない。

人間は本当にはかないものですか。まじめに考えれば、否定できないね。人間はただ自然界のなかに弱い芦の一株だ、とある有名な哲学者が言った。ある時、人間は自分の運命さえ制御することができない。この意味で、日本の茶道の「侘び」と「寂」といったものと似ているだろう。ひとりで静かにこの人生の無常感を感じて、そしてこの無常感を尊重する。

時々、生きているのはなぜですかと疑問を持っている。ある先生が、「生れた以上、死ねば両親が気の毒に思って、仕方がないから生きている」と冗談らしくこういった。これもさっきの寂しさを含んでるね。

昨日も今日も、うちで家人が喧嘩していた。少々悩んだ。人間はこんな弱いである以上は、なぜいつも喧嘩とか、戦争とかが好きですか。まったく分らないわ。もし自分の命の弱さを認識して、和やかに暮らすっていいじゃないか。

寂しい時、いつもある友達を考えた。その友達は高校時代に知り始めた。知人だと思っているから、ここ数年来、時間が流れても忘れられなかった。でもね、あの人はたぶん私を忘れてしまったのだろう。連絡するたび、冷たいと感じた。心が痛いですね。人間の心は勝手通じることができないのだろう。これも仕方がないわ。寂しくても、この寂しさを我慢しかないわよ。縁といったもの、言いがたいから。自然にして。

今日の話題はちょっと重いね。ここにまで。さよなら。



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