2008年08月19日

私の一番嬉しかったこと(原文)

今学期はもうそろそろ終わる。そんな時になるたび、今まで何をしたのかと思える。日本語の勉強はもう二年間だ。二年前、私は日本語を全然知らなかった。日本についてのことも全然興味を持たなかった。「高考」のせいか、日本語学部に入った。実は、日本人に対して、私の持っている印象は面白くない、厳しい。また、日本語が聞きづらいと思っていた。

一年生の後期に,阿部先生の日本語会話の授業を受けた。始めて見て、「この日本人は活発ですね」と思った。授業中、先生がいつも冗談を言って、いきいきと例をあげて、学生たちはとても楽しかった。でも、日本語会話といったら、下手な私は心配していた。なぜかというと、間違いいっぱいで人に笑われるのが心配していた。だから、先生が私たちに会話を練習させると、私はいつも最後にした。先生はそれを見つけたかもしれない。「丁さん、たぜ練習しない」と私に言った。仕方がないから、話せざるを得なかった。それから、ほとんど毎回の授業私の名前を呼んだ。初めて、悩んだ。しかし、「間違いいっぱいでもたいしたことではないだろう」と思うようになった。先生はいつも目を細めて笑って、やさしいと思う。私も楽に日本語を話し始めた。

二年生から、先生の日本語泛読の授業を受けた。その授業はつまらないと思った。先生もそう思ったのでしょうか。先生は教科書が嫌いだと言った。でも、先生はその教科書に沿わなければならない。先生自分も「この授業をよくしなかった。申しわけいございません」と言った。

先生は「ジャパンニーズ‧コレクシション」という資料を作っていた。真面目に日本と中国の情報とか日本語の使い方とか収集した。非常に素晴らしいと思うけど、学期末になって初めて読んだ。本当にすみません。

二年生の後期、先生の事務室によく行くようになった.日本の本を借りるとか、質問をするとか、チャットすることもできる。私は張さんと一緒に、火曜日の午後の授業をサボって、先生のところへ遊びに行くこともあった。先生に自分の意見を言った。日本語が通じないとき、中国語も使った。先生は中国語もわかって、頷いながら間違いを直してくれた。日本語はまだ下手なのに、先生は日本人と話せる錯覚をくれたので、自信を持って日本語の勉強を続けている。

来学期、先生は私たちを教えないようになる。お名残惜しいけれど、もう行かなくてはならないと分かった。先生は私の接する最初の日本人だ。先生がいなければ、私の日本人に対する印象また日本語の勉強の態度はまだ変わらなかっただろう、と私はと思う。

文章の最後、「私の一番嬉しかったことは阿部先生に会ったのだ」と言いたい。

平成二十年六月十五日 日曜日夜

テイゲツビ


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この記事へのコメント
遊びに来てみたよ~、こんにちは。

とっても素敵な先生と巡り会えて本当に良かったね。
彼の人柄の素晴らしさが文章を通じて伝わってきます。

間違っても大丈夫。
完璧じゃなくても大丈夫。
私もそう思って日々中国語を使っていますv^-^v

それにしても日本語でブログを書くなんてエライな~
時間がかかりそうだけど、上達に役立つと思います♪
Posted by yuccoo at 2008年08月19日 17:42
ありがとうございます~~
YUCCOさんは中国語を日々使っていますか?本当?びっくりね~~
一言で、嬉しい・・・\(^_^)/
Posted by teisan at 2008年08月19日 21:14
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